学校体育改革2025

学校体育が本当の意味で、日本を救っていける教科になるためのヒントを書き綴るブログ。

事例持ちこそが最強

人はみな、何かに刺激を受け志を立てる。

 

しかし、いつしかその志の矢は折れてしまう。

 

何度も何度も折れて、それでもまた新たに立てる。

 

そうしていくうちに、いつしか折れない程度の短い志にしてしまうんだ。

 

 

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僕も何かの折には、ホントによく志を立てる。

その瞬間は、何にでもなれるような気持ちになり、

最高の気分になれる。

 

しかし、少しずつその志はぼやけていき、

気づけば消えてしまっている。

 

何でいつもそうなんだと、よく自分を責めている。

 

 

自己啓発系の本を読んでいると、

こんな一節を聞いたことがある。

 

”夢を叶えるためには、現実とは違うチャンネルに合わさなくてはならない。”

 

夢と現実は違う。

だから、現実という常識で追いかけても絶対にたどり着けない。

 

 

 

 

なぜいつも、志の矢が折れるのか。

 

 

それは、現実の常識で志を見続けるからだ。

 

 

 

 

 

現実の常識で見ていると、

少しずつ、その志は達成できないように見えてくるものだ。

 

 

叶えるために行動したら、

友達に笑われた。

親に無理と言われた。

 

失敗し恥をかいた。

 

実はホントに些細なことで、

無理なんじゃないかと不安になってくる。

 

ホントに、ホントに些細なことで。

 

 

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僕は夢チャンネルを変えないためにどうすればいいかを考えた。

 

 

ちょうど先日、アツい部活指導者の方々が集まるイベントに参加した。

 

そこには、志を持った力強い方が本当にたくさん集まっていた。

 

講師の方からも、たまたま近くの席でお話した彼の方も、

口々にこう語っていた。

 

”指導者が無理って思ったら絶対無理だよ。子どもたちの可能性をちゃんと見てる?”

 

 

そうだよな。

限界ばかり見て、勝手に無理って判断して

そうしてお前はそんなもんだから身の丈に合ったことしとけ。

 

僕は一体何様だ。

 

 

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僕はそこで気づいた。

 

どうしたら、可能性を見れる人になれるのか?

 

 

答えは簡単。

成功する術を知ることだ。

 

可能性を見ないと!

という方々は、単純に成功する術を知っている。

 

術を知らない人間が、己の努力不足を棚にあげて勝手に限界をつくる。

 

成功する術。

それは、事例だ。成功した人に会いに行く。話を聞く。同じ部屋で同じ空気を吸うだけでもいい。

 

これだ。

100m9秒台は、日本人には不可能だと言われた時代があった。

160キロは投げられないという時代があった。

 

いろんな不可能な時代があった。

しかし、誰か一人がたまたま更新できた時、

その後何人もの人がそこを通過するようになる。

 

僕のやりたいことにも、

幸いにも先人がいた。

 

誰もやったことがないからできない。

 

どこかでそんなことを思っていた。

 

しかし、成し遂げた人を目の前にした時、

 

僕にもできるな、きっと。

 

 

そんな風に思えるようになってきた。

 

 

 

人は不安を抱える生き物だ。

誰だって一歩目は不安だ。

 

ならば何を頑張るか。

成功した人を探しに行け。

 

それに尽きる。

 

そんな方に出会えた時、

きっと夢の半分はクリアできている。

 

大丈夫、みんな不安がスタートだ。

歩き続けよう。